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札幌高等裁判所 昭和28年(う)155号 判決 1953年8月24日

控訴人 被告人 昭三こと佐竹昭二

弁護人 柏岡清勝

検察官 池田修一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人柏岡清勝の控訴趣意は同人提出の別紙控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

原判決が原判示第一事実の衣類全部を足立穂の所有と認定していることは所論のとおりであつて、原判示挙示の証拠中足立穂提出の盗難届及び被告人の司法警察員に対する第一回供述調書によると、原判示第一の事実の衣類中女物九品目は明かに被告人の実姉の所有であることが認められる。そして刑法第二百四十四条にいわゆる同居の親族とは事実上居を同じくして日常生活している親族をいうのであつて、一時宿泊したに過ぎない親族は同居の親族ということはできないものと解すべきところ、原判決挙示の足立穂の告訴状(告訴状の足立稔は誤記と認める)及び原審公廷における被告人の供述調書中「遊びに来て泊つて居りましたが同居している訳ではありません」との供述及び原判決挙示の被告人の検察官に対する供述調書被告人の司法警察員に対する第一回供述調書によると被告人は昭和二十七年十二月二十八日に被告人の実姉の夫である足立穂の所に遊びに行つて昭和二十八年一月三日午前十時頃までわずかに六日間滞在していたに過ぎないことが明かであるから、被告人が実姉及びその夫である足立穂と同居していたということはできない。従つて足立穂及びその妻である被告人の姉と被告人は刑法第二百四十四条第一項前段にいわゆる同居の親族に該当しないものであるから、原判決が同居の親族間の盗罪と認めなかつたのは正当である。ところが刑法第二百四十四条の親族相盗の規定は少くとも窃盗罪の直接被害者である物品の占有者と犯人との間に同条所定の親族関係が存しなければならないとする旨の規定であるのであるが、原判決は前記女物衣類九品目についても足立穂の所有と判示しておりこの判示は右衣類が足立穂の所有であり且つ占有と認定したものと考えられる。しかし右物件が足立穂の所有ではなくその妻の所有であることは前段説示のとおりであるから更に右足立穂の占有していた物件であるか否かにつき検討するに、旧民法は夫婦別産制を採りながら法定財産制として、管理共同制を採用し、夫或は女戸主は用法に従い配偶者の財産の使用収益の権利を有し夫に妻の財産の管理権を与え夫婦不平等の原則の上に立つていたのであるが、新憲法第二十四条は夫婦平等の原則を定め新民法はこの夫婦平等主義の下に法定財産制としては完全なる別産制を採用し、夫の妻の財産に対する管理、使用収益権を廃し、各自それぞれその財産を管理、使用収益等の権利を有することとしたのであつて妻の財産に対しては特別の事情のない限り妻が自ら占有しているもので夫に独立の占有はなく、従つて刑法第二百四十四条第一項後段の親族相盗の場合に妻の財産に関しては夫に告訴権はない。本件は足立穂と妻(被告人の実姉)は共に外出中被告人が原判示第一の物件を窃取したもので、特別の事情の認められない前記九品目の物品については、足立穂には独立の占有権があるとは認められないのであるから、直接の被害者である占有者はその妻である被告人の姉といわなければならない。そして本件記録によると被告人の姉からの告訴がないことが明かであるから右九品目については起訴条件を欠くものである。しかるに原審がこの点を看過して原判示第一の物件全部につき窃盗罪として処断したのは事実を誤認し法令の適用を誤つたものというべく、この誤は判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決はこの点につき破棄を免れない。論旨はこの意味において理由がある。

よつて弁護人の控訴趣意第二点の量刑不当に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条第三百八十条により原判決を破棄し同法第四百条但書により更に判決する。

罪となるべき事実

被告人は

第一昭和二十八年一月三日午後一時頃札幌郡豊平町字月寒七区足立穂方において同人所有の現金一万八千円、男物羽二重袷羽織一枚、男物羽織(呂紋付)一枚、男物呂反物一反、男物袷羽二重長着一枚、男物袴一枚、男物半襦袢、背広服上下一着並にラジオ(六球)一台、折鞄一個、化粧品ケース一個を窃取したものである。

その他当裁判所の認定した事実は原判示第二乃至第四の事実と同一であるからこれを引用する。

証拠

一、足立穂提出の告訴状及び盗難届

一、足立穂の司法警察員に対する告訴調書

一、岩沢ゑい提出の盗難始末書及び仮還付請書

一、川上弘提出の盗難始末書及び仮還付請書

一、山田忠男提出の被害始末書

一、山田忠男の司法巡査に対する第一回供述調書

一、被告人の司法警察員に対する第一回乃至第四回供述調書

一、被告人の検察官に対する供述調書

一、原審第一回公判調書中被告人の供述部分を綜合して認定する

法令の適用

被告人の判示第一乃至第三の所為は刑法第二百三十五条に同第四の所為は同法第二百五十二条第一項に該当するものであるが以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により犯情の最も重いと認める判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年に処するものとし、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により全部被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 成智寿朗 判事 宇野茂夫 判事 松永信和)

弁護人柏岡清勝の控訴趣意

第一点原判決は法令の適用を誤つたか又は事実の誤認があつて何れにしてもその誤は判決に影響を及ぼすこと明かである。即ち、

(1)  原判決理由第一点足立穂に対する盗罪についての法令の適用の問題であるが同人が被害品として届け出た物件中にはその妻即ち被告人の親族の所有物と明かに見られる物件が多数にある。《盗難届十九丁以下(ト)より(ヨ)までの品目九点金額五万三千円(総被害金額十一万五千円中約半額に相当する)》

被告人はその実姉の夫である穂方に数日間滞在していたものであるから同居の親族に該当するものであるから穂の妻に対する盗罪は成立しない又穂の所有物件に非さる物件については穂を被害者としての盗罪は成立しないこと明かである、然るに原判決は足立穂提出の被害届に記載した物件を全部同人の所有物件であるかの如く判断して彼此れ区別せずして盗難届記載の凡ての物件に対して盗罪が成立するものとして判断して刑法第二四四条を適用しなかつたのは法令の適用に誤りがありこの誤は判決に影響を及ぼすこと明かであると謂わねばならぬ。

(2)  同居する親族即ち被告人の実姉の所有物であること明かである物件をも穂の所有物件であるかの如く認定してその物件に対しても盗罪が成立するものの如く判断したのは所有権に関する解釈を誤つたもので明かに事実の誤認があり、この誤認は判決に影響を及ぼすこと明かである。

第二点原判決は重きに失する。即ち、

(1)  足立穂の被害届金額は断然他を圧して多額であるがその届出金額の約半額は実に同居する被告人の実姉即ち親族の所有物件であり又穂と被告人とは最も近い、姻族の関係があり更に足立穂が告訴したのも右様の関係があるので懲役にまでやるのが目的でなく厳重な説諭を加えて貰いたいというのが真意(告訴調書二二丁裏)であつたこと。

(2)  岩沢ゑいの被害品は同人に還付されかかる物件を不用意に受理した安藤寿美が僅かに五百円の弁償をうけていないだけである。

(3)  次に川上弘の被害物件は被告人が窃取後これを携帯して歩行中義兄足立穂に見付かりそのまま警察へつき出されたので右物件はそのまま無傷で被害者に還付となつていて被害は全々ない。(三五丁)

(4)  ただ山田忠男のオーバ(時価一万円)だけは被告人が千五百円で入質したので実被害があるのである。

原審は窃盗三件横領一件について一年半の科刑をしたのであるが以上の通り各件の事実を仔細に検討すると叙上のような実状となるのであるから原審科刑は余りにも重いと謂わねばならない。

以上の如く原判決は何れの点から見ても到底破棄を免かれないものである。

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